村上春樹の心配

村上春樹の寄稿エッセイを読んで、なんと日和見な、とか、自分の本が中国で売れている手前そういったのだ、とか、批判もあるのではないか。
しかし、こういう見方もある。

それは日本の文化、文学、芸能は、確かに中韓の一部の人々の心を捉え、日本と中韓の間の文化交流と相互理解の努力を促進したことである。
それは日本企業がシナに設備投資をしてシナ人の雇用を提供してやったことに匹敵する平和貢献であることをみとめなければならない。
教養を理解することの出来たのは中韓の一部の人たちであっても、そういう人たちがいることを発掘しただけでも、大きな収穫だった。
そうして営々と築いてきた文化人の相互理解のサロンが灰燼に帰することを心配しているのである。

文化人は文化人として平和を作り出そうと努力をしてきた。
その努力に対して敬意を払っていい。
しかし、これは本当に心配するべきことであるのかどうか。
それはまた別問題だ。
本当の教養人はたとえ戦争になろうが国が分裂しようが、生きながらえるものだ。
尖閣問題が片つけば、また文化交流は復活できる。
文化人とはそういうものだ。

毛沢東は文化人とはそういうものでいずれ目が覚めたら共産党独裁体制のためにならない怖い存在になることを知っていたからこそ文革で大量粛清したのである。
村上春樹氏領土紛争による韓日中文化圏の破壊を恐れるmediaid56参考までに、以下、村上春樹氏寄稿エッセイ全文。
尖閣諸島を巡る紛争が過熱化する中、中国の多くの書店から日本人の著者の書籍が姿を消したという報道に接して、一人の日本人著者としてもちろん少なからぬショックを感じている。
それが政府主導による組織的排斥なのか、あるいは書店サイドでの自主的な引き揚げなのか、詳細はまだわからない。
だからその是非について意見を述べることは、今の段階では差し控えたいと思う。
この二十年ばかりの、東アジア地域における最も喜ばしい達成のひとつは、そこに固有の文化圏が形成されてきたことだ。
そのような状況がもたらされた大きな原因として、中国や韓国や台湾のめざましい経済的発展があげられるだろう。
各国の経済システムがより強く確立されることにより、文化の等価的交換が可能になり、多くの文化的成果知的財産が国境を越えて行き来するようになった。
共通のルールが定められ、かつてこの地域で猛威をふるった海賊版も徐々に姿を消しあるいは数を大幅に減じ、アドバンス前渡し金や印税も多くの場合、正当に支払われるようになった。

僕自身の経験に基づいて言わせていただければ、ここに来るまでの道のりは長かったなあということになる。
以前の状況はそれほど劣悪だった。
どれくらいひどかったか、ここでは具体的事実には触れないがこれ以上問題を紛糾させたくないから、最近では環境は著しく改善され、この東アジア文化圏は豊かな、安定したマーケットとして着実に成熟を遂げつつある。
まだいくつかの個別の問題は残されているものの、そのマーケット内では今では、音楽や文学や映画やテレビ番組が、基本的には自由に等価に交換され、多くの数の人々の手に取られ、楽しまれている。
これはまことに素晴らしい成果というべきだ。
たとえば韓国のテレビドラマがヒットしたことで、日本人は韓国の文化に対して以前よりずっと親しみを抱くようになったし、韓国語を学習する人の数も急激に増えた。
それと交換的にというか、たとえば僕がアメリカの大学にいるときには、多くの韓国人中国人留学生がオフィスを訪れてくれたものだ。
彼らは驚くほど熱心に僕の本を読んでくれて、我々の間には多くの語り合うべきことがあった。
このような好ましい状況を出現させるために、長い歳月にわたり多くの人々が心血を注いできた。
僕も一人の当事者として、微力ではあるがそれなりに努力を続けてきたし、このような安定した交流が持続すれば、我々と東アジア近隣諸国との間に存在するいくつかの懸案も、時間はかかるかもしれないが、徐々に解決に向かって行くに違いないと期待を抱いていた。

文化の交換は我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだという認識をもたらすことをひとつの重要な目的にしている。
それはいわば、国境を越えて魂が行き来する道筋なのだ。
今回の尖閣諸島問題や、あるいは竹島問題が、そのような地道な達成を大きく破壊してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日本人として、僕は恐れる。
国境線というものが存在する以上、残念ながらというべきだろう領土問題は避けて通れないイシューである。
しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。
領土問題が実務課題であることを超えて、国民感情の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。
それは安酒の酔いに似ている。
安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。
人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。
揩ヘ単純化され、自己反復的になる。
しかし賑にぎやかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。

そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽あおるタイプの政治家やqに対して、我々は注意深くならなくてはならない。
一九三〇年代にアドルフヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。
それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。
今回の尖閣諸島問題においても、状況がこのように深刻な段階まで推し進められた要因は、両方の側で後日冷静に検証されなくてはならないだろう。
政治家やqは威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。
僕はねじまき鳥クロニクルという小説の中で、一九三九年に満州国とモンゴルとの間で起こったモンハン戦争を取り上げたことがある。
それは国境線の紛争がもたらした、短いけれど熾烈しれつな戦争だった。
日本軍とモンゴルソビエト軍との間に激しい戦闘が行われ、双方あわせて二万に近い数の兵士が命を失った。
僕は小説を書いたあとでその地を訪れ、薬莢やっきょうや遺品がいまだに散らばる茫漠ぼうばくたる荒野の真ん中に立ち、どうしてこんな何もない不毛な一片の土地を巡って、人々が意味もなく殺し合わなくてはならなかったのかと、激しい無力感に襲われたものだった。

最初にも述べたように、中国の書店で日本人著者の書物が引き揚げられたことについて、僕は意見を述べる立場にはない。
それはあくまで中国国内の問題である。
一人の著者としてきわめて残念には思うが、それについてはどうすることもできない。
僕に今ここではっきり言えるのは、そのような中国側の行動に対して、どうか報復的行動をとらないでいただきたいということだけだ。
もしそんなことをすれば、それは我々の問題となって、我々自身に跳ね返ってくるだろう。

逆に我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはないという静かな姿勢を示すことができれば、それは我々にとって大事な達成となるはずだ。
それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものとなるだろう。
安酒の酔いはいつか覚める。
しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。
その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲にじむような努力を重ねてきたのだ。
そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。